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困った社長の困った会社に要注意

とても興味を引かれる記事があった。

ダマされてはいけない……“対等な労使関係”と言う社長に

まずはリンク先の記事を読んで欲しいと思う。
どういう感想を持っただろう、でも確かに書いてある通りなのだ。

中小企業にはたいてい社長などのオーナーがいて、彼らにとって会社は自分の一部であったりする。
役所の場合、たとえ「省益あって国益無し」と言われても、役所自体が誰かの所有物のような感覚になっていることはない。あくまで職員はそれが公益にかなうと信じて省益のための仕事をしていたりするだけで、組織の利益と真の公益を混同することはあっても、鼻から組織を自分に属するものと考えている事はない。

けれども中小・ベンチャー企業の場合、それは明らかに社長の所有物であったりする。
そういう職場では、社員は社長の意のままに動くのが当たり前で、それが組織のためでない場合でも声を上げられなかったりする。もし意見するようなことがあれば、逆に恨みを買って嫌がらせをしたり、退職強要にまで追い込む事だってある。それくらいのことは平気でやるのだ。

そしてそんな経営をしておきながら、対外的には「ウチの会社は何でも自由に意見できるところだ」とか、「何でも提案を歓迎している」と平気で言うのである。それが制度として根付いて活用されているのでない限り、そういった魅力的な話はまずマユツバである。転職で会社を選ぶ時は、そういったことをまずうさんくさいと気付かなくてはならない。

そもそも労使は利害が対立するものであり、その緊張関係を前提としての話ができないような社長は、根本的な事が分っていなかったり、すべて権力で押さえ込んでいるだけの傲慢な社長なのだ。

実際、正社員といいつつ期間契約の労働契約書を結ばせたりする例はあるし、それに異議を申し立てると社長が逆切れするケースもある。実際のところ、社労士にとっても社長は顧客だから、嫌われまいとして黙認するのだろう。
そんな会社に入った社員は、結局ひたすら社長のイヌになって尻尾を振ってついて回るか、見切りを付けて辞めるか、闘うかのどちらかになる。違法な退職強要などに対しては法的な対抗措置もとれるのだが、そこまでする人は少ない。少ないからますます増長するのではないかと思うが、では実際にやったらどうなるのか。

ある会社で経験豊富なベテランの人が転職してきた。けれども社長はその世界でバリバリやってきた彼に対しコンプレックスを持ったのか、いろいろと嫌がらせをしてきたという。そして不当に安く抑えた給料も払わなかった。
そこで訴えたところ、さらに陰湿な仕打ちとして仕事をさせなかった。それでも給料を払わず、さらに対抗措置をとると、解雇という手に出た。

これは完全に違法で無効な解雇であり、裁判を続ければ続けるほど、会社は弁護士料を払わなくてはならないのにこの有様である。会社のためという感覚は皆無で、自分の小さな自尊心の方が大事なのである。
この件はまだ続いており、決着がついていないが、法的には完全に労働者側に分がある。

結局、大きな組織で働いている人にとって当然の感覚である「組織のため」という感覚が多くの中小企業では通用せず、それは「社長の自尊心ため」に矮小化されるということである。
そんな社長だから会社が小さいのだろう?と問いたくなるが、何も嫌がらせをする必要は無いはずだ。とはいえそんな会社が現実には少なくなく、人が定着しないということも事実なのだ。
ただ、職種や年齢によっては辞めても次を見つけるのが難しいことがあり、そういう時は非常に厳しい状況に置かれる。

権力をコントロールできない社長の器の問題、という言葉で片付けるのは安易に過ぎる。労使の関係、というか人間関係について基本的なことを守っていれば済む事なのに、それができない経営者があまりにも多い、ということではないだろうか。

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テーマ : 就職・転職・起業
ジャンル : 就職・お仕事

「ボーナス」から考える官民格差

公務員の待遇においてボーナスは勤勉手当、期末手当という名で呼ばれ、何ヶ月分か支給されるのが当たり前になっていますが、民間ではそうではありません。
ボーナスがないところもあるわけで、あったとしても、その額は業績に連動するのが一般的です。なので今年はいくらだから来年もだいたいこれくらい、という計算が成り立たないのが普通です。バブル崩壊までの時代は、世の中が右肩上がりだったのでたまたま計算できた、それに合わせて人事院勧告も増額されてきた、というだけの話です。

そもそも、ボーナスというのは生活給的な意味合いを持つ固定された基本給に対し、業績と連動して変動させやすくするためにあるものなので、増減するのが普通です。あまり減ることがなく、そこそこの額が必ずもらえるという理解は正しくないのです。それはたまたまその会社が順調に収益を上げているというだけのこと、と理解すべきでしょう。

役所の場合、業績というものがなく、あくまで民間とのバランスということでボーナスの額が決まってくるわけですが、本来的な意味で考えれば、行政の仕事がどれだけ評価されたか、どれだけ住民に歓迎されたかによって決まるべきもの、ということもできます。

阿久根市の騒動の背景には、地元の人達との大きな所得格差があります。市長のやり方には問題が多いとしても、職員の給与に対し、地元の人が納得していないという問題は深刻に受け止める必要があるでしょう。
少なくとも、地元の企業がボーナスなんて払えないくらい沈滞しているのに、職員がボーナスをもらえるというのは、本来的な意味からすると矛盾していると言うべきかも知れません。職員を顧客としている人にとってはそれは困る話だったりするわけですが、税金が一部の人間だけに還流し、他の人達がそれ頼みになるというのは、良くないことと思います。それを良くないと思わないのは官尊民卑的なものの考え方で、時代に逆行していると思います。

つきつめると、公務員は「全体の奉仕者」としての身分と「労働者」としての身分をどうバランスさせるかということに行き着くのだと思います。

民間を知らない人が企業選ぶ時のコツ

役所の場合、存在目的は「公共の福祉のため」であり、職員はすべて全員の奉仕者なわけです。
誰が何と言おうとそれは不動のものです!

外部の人が見て「本当にそうか?」と思うことがあっても、職員が疑問に思うことがあっても、役所でやっていることは公共の福祉のためであり、そこで働いている以上、職員は皆、公共の福祉のために奉仕しているのです。
そういう大きな枠組みがあると、自分をすべて預けてしまい、思考停止することが容易です。
裏金づくりのようなルールから外れた行為であっても、その目的にどこか正当性があるという理屈をつけることができさえすれば、それは良いことになるわけです。そしてそもそもルールから外れているという事実は二の次になるというわけです。
外郭団体をつくることも、天下りして高額の報酬を手にすることも、広義にはその部類に入るでしょう。
公共の福祉のため、全体の奉仕者としてふさわしい行為かと問われれば、回答に窮するのではないでしょうか。
原理主義的に考えれば当然ダメでしょう。欺瞞と言わざるを得ないと思います。
でも、これがかつては結構まかり通ってきたと思います。バブル崩壊以降、行政に対する目が厳しくなったことで、そういった事例が糾弾されているのだと思います。
なので、役所ではどんどん締め付けが厳しくなり、しんどい職場になってきていると思います。

昇進遅れ・パワハラ… 国家公務員の悩み相談、過去最多

それでも頑張れるのは、最終的には職員の仕事に対する使命感とか、情熱といったものでしょう。

それは民間企業でも同じです。
民間の場合「公共の福祉のため、全体の奉仕者として」というような枠組みはありません。ぶっちゃけ犯罪的な行為を組織ぐるみで行う企業だっていくらでもあるのが現実だと思います。
もし、今まで役所で仕事に対する使命感とか情熱といったもので仕事をしてきた人が、そんな「黒い」企業で働くことになったら、高額の報酬でもあればまだしも、自分を支えるものを失い、失速してしまうでしょう。
それなら自分の使命感や情熱で仕事を選べば良い、ということになるのですが、何せ役所のような枠組みがない民間の世界ですから、海外旅行は添乗員付きのバスツアーしか行ったことの無い人が、いきなり一人でガイドブックを頼りに歩くようなものです。下手をすれば身ぐるみ剥がされるということにもなりかねません。そのことに注意しなくてはなりません。

というわけで、いろいろと参考になりそうな情報を紹介。

面接で「NGな会社」を見分けるには?
ブラック企業アナリストに聞く『人生を無駄にしない会社の選び方』

そんな危険な世間だからこそ、外郭団体を作って自分達の利益と安全を確保しようということになるのでしょうが、外の世界を安全なものにすることを考えるのが本来の役所の仕事なはずで、そうした方が世の中よくなるのに、と思います。

職場での自分の存在意義

役所の場合、職員の身分や仕事内容にはすべてに裏付けがあります。それがないと予算から給料が支払えないから当然のことです。
臨時の職員の中には物品扱いという人もいて、抜け穴的なことがまかり通っている部分はありますが、基本的にはそうなっています。なので、人を増減するにはかなりの手続きを踏まなくてはなりません。


民間企業の場合、社員の数は景気や業績、あるいは経営者の気まぐれに依存します。
特に小泉改革以来、会社が簡単に人を増減できるよう、正規の社員を非正規社員に切り替える動きが進んでおり、その流れは顕著と言えます。

従来の日本式経営を否定する、そういったやり方の是非はともかく、経営者は社員をパソコンのような置き換え可能な生産資源と見る傾向があるのは事実です。
それに対し、役所では人を増減する余地がほとんどないため、まるで義務教育のように、採用から退職までを同じ組織で過ごすことになり、職員の人生を丸抱えするような形になります。
その中では公務員法といった「校則」があり、それを守って行儀良く過ごすことが求められます。そして成績の良い人は重用され、そうでない人は卒業までそれなりの「学校生活」を送ることになります。
普通にしていれば自分の席が無くなることはありません。

一方、民間企業はプロスポーツのチームのようなもので、人気や実力などがなければポジションは得られません。一軍に上がれなければ二軍で、芽が出なければ自由契約、といった具合です。

プロスポーツといった能力や技を競い、夢を売る世界なら、それはアリでしょう。
でも普通のビジネスの世界にそういう考え方が持ち込まれているのが現実です。
そんな中では自分の存在意義を見いだし、磨き、それを売り込むことに日々エネルギーが費やされることになります。そしてそれを完全に競争に委ねてしまうと「万人の万人に対する闘争」状態となってしまうでしょう。
本来ならどこかに席を用意することが必要だと思いますが、企業によってはそんな精神を持たないところもあるわけです。経営環境によりやむを得ないという場合もありますが、理不尽だという場合もあると思います。

役所では仕事の出来る出来ないやコネで人生が決まることはほとんど無いと思いますが(その代わり採用時の成績や職種が決定的に影響する)民間はサバイバルの世界であると思っておいた方が良いかと思います。

業界というもの

職探しの際、転職サイトによっては業界別に選ばせるものがある。けれどもこの「業界」というものが、民間でない世界にいるものからすれば良く分らない。どんな業界であろうと、営業は営業だろうし、経理は経理だろうと思うからだ。仕事の内容と業界が関係するのだろうかと不思議に思うわけだ。

これは官の世界でいえば、部局や省庁のようなものと考えればよいのではないだろうか。例えば国交省なら土木建設業界、総務省なら通信業界といった感じだ。
ただ、国を除けばそういった縦の壁をまたがって異動することもあるわけで、そんな分類がそれほど重要かという気もする。

ただ、役所で異動を経験すれば分ることだけど、職場によって雰囲気は全然違う。それは仕事内容の違いから来るものがかなり大きい。業界の違いもそういうものだと思う。
華やか、質実剛健、といった雰囲気の違いや、必要とされる基礎的知識の領域の違い、そういったものではないだろうか。また、待遇や働き方もずいぶん異なっているのが実情だ。

そういった部分はなかなか表には見えないので、一度も民間への就活をしたことのない人だと理解に苦労する。
それらについての情報がもっと提供されていれば良いのだが、実際は企業ごとで違っているし、業界としてひとくくりにすることもできないので、難しいところではある。

プロフィール

指南人

Author:指南人
公務員が民間に移って働こうとした時に判らないこと、困ること、そんなことを書いていきたいと思います。必要な方は参考にしてください。ご質問・ご相談はこちら
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